![]() 2019/3/7 ![]() 日本平からの冨士山、駿河湾はとても綺麗です。 特に、今日は天候が良く、綺麗でした。 ![]() 日本平 夢テラス 2018/11/30開館 【施設の概要】展望施設、庭、展望回廊の概要 【住所】静岡県静岡市清水区草薙600-1 【展望施設】 ■(※)1階 展示スペース ・グラフィックパネルによる歴史絵巻 ・タッチパネルによる歴史・文化作品紹介 ・プロジェクションマッピングによる日本平の成り立ち紹介等 ■2階 ラウンジ(24席) ■3階 展望フロア、84インチモニターによる富士山映像 【庭】 約1,200㎡ 【展望回廊】 1周約200mの展望デッキ 富士山をはじめ三保松原、駿河湾、静岡市街地など360度の眺望 ※展望施設の開館時間等 開館時間 : 日~金曜日 午前9時~午後5時、土曜日 午前9時~午後9時 休館日 : 毎月第2火曜日及び年末(12/26~12/31) 入館料 : 無料 ![]() 入ってすぐの天井は木組みで、傘の内側の感じです。 ![]() ![]() 展望デッキは200mの回廊になっています。 眺めは抜群!! ![]() 遠くに富士山が見えて綺麗です。 また、屋根の木組みも特徴的です。 この建物は、株式会社 隈研吾建築都市設計事務所による、県産木材をふんだんに使い、 富士山を望む自然景観と調和した設計です。 隈氏は2020(平成32)年、東京五輪のメイン会場となる新国立競技場の設計を手掛ける建築家です。 ![]() 回廊を下から見るとこんな感じでとても素敵です。 ![]() 久能山東照宮 久能山は、推古天皇の時代、久能忠仁によって開かれ、補陀落山久能寺が建立された山。 平安末期から鎌倉にかけて、三百余の禅坊が栄えたという。 戦国時代、武田信玄により久能寺が移され、久能城が築城されたが、信玄の死後、徳川領となった。 元和二年、徳川家康が駿府城で薨ずると、その遺言により、遺体を久能山山上に埋葬し、城を廃止した。 二代将軍秀忠の命により、社殿が造営され、朝廷より「東照大権現」の神号を賜り、東照社と称した。 後、正保二年(1645)宮号を許され、東照宮と称するようになった。 ところが、久能山に埋葬された翌年。またも遺言により、日光へ移されたという。 ちなみに、当社社殿は南西向き。よって、参拝者は北東へ向って頭を垂れることになる。 社殿の北東(裏)には、家康の神廟があり、さらに先には、久能山山頂。 さらに北東へ延ばすと富士山頂を通過して日光へ到達する。 つまり、当社参拝者は、日光へも参拝しているということになるらしい。 ![]() 日本平からロープウェイで5分で東照宮駅へ ロープウェイのドアや天井に葵のんのご紋が!!! ![]() 楼門 (重要文化財) ![]() 唐門 (重要文化財) 拝殿正面にある門で、屋根は銅瓦本葺黒漆塗の四方唐破風造の門です。 ![]() 御社殿 (国宝) 御祭神徳川家康公をおまつりする「本殿」と参拝をするための「拝殿」を「石の間」で連結した 「権現造(ごんげんづくり)」と呼ばれる様式で、全国に数多く創建された東照宮の原型。 元和3年(1617)建立。江戸幕府大工棟梁中井大和守正清の代表的な遺構のひとつであるとともに、 江戸時代を通じて権現造社殿が全国的に普及する契機となった 最古の東照宮建築として、平成22年国宝に指定されました。 ![]() 日光東照宮の煌びやかさがあります。 廟門を通って神廟に向かいます。 ![]() 右の写真 : 廟門から神廟までの間をつなぐ参道。厳かな雰囲気が漂っています。 左の写真 : 神廟 ここは御祭神徳川家康公の御遺骸を埋葬し奉った所で以前は御宝塔と称えていました ![]() 楼門の所に家康の手形がありました。 奥さんの手と大きさが同じでした。 身長 155cmとは、小柄だったようです。 ![]() 御朱印もいただきました。 ロープウェイで日本平に戻って、家に帰ります。 |
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